もしあなたが──

「今の社屋は古くてみすぼらしい。恥ずかしいから新築にしたい」
「都心の一等地に本社を構えて、ブランドと信用力を高めたい」
「新築すれば“一流企業”の仲間入りができ、社員の満足度も上がる」

──などと考えているのなら、今すぐその計画を白紙に戻せ。

なぜならそれは、
あなたの会社の未来から“血を抜き取る行為”にほかならないからだ。

売上にも利益にも一切直結しない「見栄の投資」によって、
企業の生命線──キャッシュフローは容赦なく吸い取られていく。

その結果、本来マーケティングに回すべき資金、
すなわち未来の売上を生むための燃料が、静かに失われる。

気づけば、立派なビルは建ったが、問い合わせの電話は鳴らなくなっている。
製品やサービスは優れているのに、市場では存在すら認識されていない。

そして、あなたの会社は、静かに、しかし確実に──
顧客の視界から消え、記憶の外へ追いやられていく。
それが、あなたを待ち受ける最悪のシナリオなのだ。

社屋に金をかけ失敗──ニコンの教訓を忘れるな

ニコンは2024年7月29日、東京都品川区西大井へ本社を移転した。1

新本社は、新築した「本社/イノベーションセンター」と、既存の自社施設
を改修した「イーストサイト」「ウエストサイト」の3棟で構成されている。

総額およそ400億円──まさに巨大投資である。

当時、ニコン広報課社員は、マスコミの取材に対し、胸を張ってこう語った。
「本社移転により、開発機能の強化や事業間のシナジー創出を図ります」
──だが、現実は違った。

売上は伸びず、利益率も改善せず、株価も冴えない。
「開発機能の強化」も「シナジー創出」も、結果として絵に描いた餅だった。

つまりニコンは、本来「売上を増やすため」に投資すべき資金を、
収益を生まない“新築ピカピカの社屋”に注ぎ込んでしまったのである。

果たして、その“新築ピカピカの社屋”を見て、
ニコンと契約しようとする企業が出てくるだろうか?

あるいは、ニュースで新社屋を見た顧客が、「ニコンすごいな」と思い、露光装置を
検索し、資料を請求するだろうか?──そんなことをする顧客など、どこにもいない。

本社ビルは、経営者の考え方と経営姿勢を映す鏡だ。
優れた半導体経営者であれば、社屋に金をかけることは決してない。
なぜなら、どれほど立派な建物を建てても──売上には1円も貢献しないからだ。

さらに言えば、
こうした“見栄の投資”を決断する経営者ほど、
他の分野でも誤った投資判断を下す傾向がある。
ニコンはまさに、その典型例である。

ここ最近のニコンは、
オランダのASMLとの技術競争に敗れた上、
競合のキヤノンと比べても営業成績が芳しくない。

もしニコンが、こうした“ズレた投資”を避け、
本来注ぐべき技術開発とマーケティングに資金を集中していれば──
いまごろEUV露光装置でASMLと肩を並べていた可能性すらある。

「ニコン一人負け。競合のキヤノン・富士フイルム・HOYAは過去最高益」──
そんな見出しを、経営陣が新聞で目にすることもなかっただろう。

成功者は“見栄”に投資しない

ここで、ひとつ興味深いデータを見てほしい。

✔︎ 1億4700万円の資産を持つアメリカ人が、家にかける平均価格──2207万円
✔︎ 3億9000万円の資産を持つアメリカ人が、家にかける平均価格──3540万円
✔︎ 6億8000万円の資産を持つアメリカ人が、家にかける平均価格──5454万円

一見、意外に思うかもしれない。

しかし、これは明確な事実だ。
金持ちほど「見た目」に金をかけない。

彼らは“億万長者”と呼ばれる層でありながら、
お金を生まない自宅に大金を注ぎ込むことはしない。

彼らは知っているのだ。
見栄のための支出は、自分の首を締めるだけだということを。

だからこそ、余剰資金は浪費せず、貯蓄・投資・再投資に回す。
そしてその結果、資産は増え続けていく。

では──ここで視点を日本の中小製造業に移してみよう。

年商50億、年間利益1億円。
その規模の企業が、10億円のローンを組んで本社ビルを建てる。

どう見ても、狂っている。

社屋は売上を生まない。利益も生まない。
工場のように製品を作り出す場所でもない。
にもかかわらず、建物ばかりを立派にしようとする。

これはまるで、ゲームソフトを買うお金はないのに、
ニンテンドースイッチ本体だけを買って友達に自慢している子どものようだ。
──滑稽にもほどがある。

「ハコ」ではなく「仕組み」に投資せよ

今一度、現実を見てほしい。
社屋は顧客を連れてこない。

あなたの新社屋を見て、問い合わせしてくる企業など存在しない。
それどころか、あなたの会社をネットで検索しても出てこない──
そんなケースのほうが多いのだ。

✔︎ パンフレットには、製品の設計図とスペックしか載っていない
✔︎ ホームページは5年以上更新が止まっている
✔︎ YouTube動画は数本投稿したきり、放置
✔︎ Googleマップのクチコミには、苦情コメントがそのまま残っている

──そんな状況で、立派な社屋を建ててどうする?

いま必要なのは建物ではなく、“顧客を呼び込む仕組み”だ。
新築オフィスを建てようとする前に、あなたの会社の技術や強みを正しく伝え、
見込み客を獲得する導線を整えよ。

つまり、社屋に投資する前にやるべきは──
マーケティングだ。営業体制の強化だ。問い合わせを生む仕組みづくりだ。

これこそが、あなたの会社を“見つけてもらうための道筋”であり、
顧客が動き、売上につながる唯一の現実的手段である。

社屋は顧客を連れてこない。
だが、正しい情報発信と営業活動は、確実に顧客を引き寄せる。

最後にハッキリと言う。
ニコンのようになるな。
競合から「ズレた経営」と笑われるような社長にはなるな。

あなたの会社には、まだチャンスがある。
そしてそのチャンスは、“ハコ”ではなく、
顧客を惹きつける流れをつくることにある。

見た目を整えるより、選ばれる理由を整えよ。
それこそが、中小の半導体企業が競合を打ち破り、
成長を続けるための唯一の選択肢である。

  1. 参考:日経クロステック
    https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00154/02140/ ↩︎