もし社長であるあなたが──
「10年も働いてくれている社員から、そろそろ賃上げをと頼まれている」
「最低賃金が上がるなら、うちも+20円くらい上げておかないと社員が辞める」
「そこそこの給料にしないと、ワタミみたいに日本共産党の小池晃に怒られる」

──などと考えているのなら、その甘く脆い思考を、今すぐ頭から叩き出せ。

それはもはや、経営判断とは呼べない。
“世論”にひれ伏した、ただの敗北宣言である。

勘違いしてはならない。
あなたはグレタ・トゥーンベリのような慈善活動家ではない。
理屈を並べるだけで、現場を知らない大学教授でもない。

あなたは、会社を存続させ、利益を生み出し、
社員に給料を払い続ける責任を担う“経営者”なのだ。

にもかかわらず──
「賃上げの世論が高まっているから」
「マスコミから叩かれたくないから」
「面倒な議論を避けたいから」
──といった理由で賃上げを決めているのなら、
それは経営の名を借りた“服従”にすぎない。

そのような決断を下した瞬間から、
あなたの会社は“戦略”ではなく“空気”で動き始める。
空気で動き始めた会社は、例外なく──内側から静かに腐っていく。

なぜ「賃上げ」は間違っているのか?

なぜ、経営者は社員の賃上げに応じてはならないのか?
まずは、次の問いに冷静に向き合ってみてほしい。

✔︎ あなたの社員は、昨年よりもスキルを磨いたか?
✔︎ 生産性は、目に見えるかたちで向上したか?
✔︎ 自らの力で、新規顧客を獲得したか?
✔︎ 営業任せの体質を変えるために、自らマーケティングを学ぼうとしたか?
✔︎ コスト削減や業務改善に具体的な貢献をしたか?

これらの問いに、
胸を張って「はい」と答えられる社員が、
果たしてどれほどいるだろうか?

実際のところ──多くは何も変わっていない。
いや、変えようという意志すら見えない。

それなのに
「物価が上がったから」
「勤続年数が長いから」
「他社がやっているから」
──といった“空気ベース”の言い訳を並べ、報酬だけを寄こせと言ってくる。

努力も結果もない者が、報酬だけを要求する──そんな理屈が通るはずがない。
それが通るなら、学校で赤点を取った生徒にも、
通知表で「努力賞」を与える必要が出てくる。

いや、それどころか──
サボってばかりの補欠部員が「俺にも新品のユニフォームをよこせ」と騒ぎ、
顧問が「うんうん、みんな平等だからね」と笑顔で手渡す──
そんな歪んだ世界と、なんら変わらないのだ。

そのような組織に待っているのは、決まってこの末路だ。

・実力ある少数派社員よりも、能力の低い多数派社員の声が通る
・頑張っている社員が不満を抱え、やがて会社を去る
・組織の士気は低下し、生産性は内側から静かに崩壊していく

業務内容が一切変わらないのに、賃金だけを上げるという構図は──
「社員の生産性が上がらなくても構わない」と、
経営者であるあなたが公に認めたことに他ならない。

それは、あなた自身の口からこう言っているのと同じだ。
「この会社に、もはや成長は必要ない」と。

経営者の責任は、全社員に「最低賃金」を約束することだ

あなたに求められているのは、“平等”でも“みんな仲良く”でもない。
成果に応じて、容赦なく報酬を振り分ける“非情の決断者”としての覚悟だ。

そもそも、給与とは“社員の生活費”ではない。
それは、会社への「貢献度の対価」であり、
企業という組織の“リソース配分”そのものである。

だからこそ、感覚や情ではなく、
「どこに投下すれば最も戦果が出るか」だけを基準に、資源を配分せよ。
その判断基準を、具体的な行動に落とし込むと、次の三つになる。

1. 成果を数字で示した者には、迷わずその対価を支払え
2. 努力も変化もない者には、報酬を据え置け
3. 組織にマイナスを与える者には、解雇を告げよ

これこそが、経営者にだけ許された──そして課せられた唯一の責任である。

人間関係や長年の情に流され、判断の軸をぶらしてはならない。
評価の基準に“感情”を持ち込んだ瞬間、経営は歪み始めるのだ。

したがって、経営者が判断の拠り所とすべきは、社員の「頑張っている
ように見える姿」や「“賃上げが正しい”という世論の空気」ではない。
見るべきものはただ一つ──それは、売上・利益・生産性といった“数字”である。

つまり、経営は「情」ではなく、“数字”を根拠に行われなければならない。
平等思考は捨て、その社員が“会社にどれだけ価値をもたらしているか”で評価せよ。
それができない経営者は、全員に好かれながら──全員を路頭に迷わせることになる。

社長よ、「世論の空気」で賃上げを決めるな。

ここ数年、ニュースやSNSでは、
「賃上げは正義だ」
「企業は人件費をケチるな」
「労働者は搾取されている」──
こうした主張が、あたかも誰もが従うべき
“社会の常識”であるかのように広まり続けている。

だが、あなたに問いたい。
あなたが本当に向き合うべきは、そうした世論なのか?

あなたが注視すべきは、社員の顔色でもなければ、ネット上の投稿文でもない。
経営者として、真正面から向き合うべきは──
PL(損益計算書)に並ぶ、冷徹で動かしようのない“数字”そのものだ。

そこに、感情の入り込む余地は一切ない。
経営とは、数字に基づいて判断し、事実を根拠に決断する行為である。

だからこそ、言う。
根拠も裏付けもないままの賃上げは、“優しさ”ではなく“経営判断の失敗”だ。
それは、自社の競争力をじわじわと蝕んでいく──静かな“経営の毒”である。

そして、賃上げの可否を決める基準は、ただ一つ。
「その社員が、会社に明確な価値をもたらしているかどうか」──それだけだ。

あなたの会社を守れるのは、あなたしかいない。
その責任を、誰かが肩代わりしてくれることはない。
だからこそ、忘れてはならない原則がある。

✔︎ 世論がどれだけ盛り上がろうと、“空気”で賃上げを決めるな
✔︎ 給料は“成果への正当な対価”であり、“世論のムードに対する反応”ではない
✔︎ 賃上げの判断は、社員の希望ではなく、会社の未来を軸に下せ
✔︎ そして何より──経営の足を引っ張る“ぬるさ”とは、今この瞬間に決別せよ

最後に、はっきりと言おう。
今すぐ、賃上げを当然の権利のように主張する社員には、
毅然とした態度で「社長室からの退席」を求めよ。

そして、「昇給を認める条件とは何か」を──
あなた自身の言葉で、冷静に、論理的に、全社員に示すのだ。

それこそが──
あなたが“良き経営者”として、会社を成長させ、勝ち続けるための、
唯一にして最大の経営判断である。