もしあなたが──
「社員の趣味に口を出すのは良くない。会社への私物持ち込みには、目をつぶるべきだ」
「私物の持ち込みを認めれば、若手に理解のある社長として社内外から評価されるはず」
「いまは多様性の時代。部下のデスクのフィギュアくらい、寛容さとして許すべきだ」

──こうした“聞こえのいい理屈”を本気で信じているのなら、今すぐその幻想を捨てよ。

それは優しさでも、時代適応でもない。経営判断の放棄である。
そしてこの経営判断の放棄は、
気づかぬうちに、売上と“顧客からの信用”の両方を確実に蝕んでいく。

まず、結論から言おう。
社員の私物(フィギュア)持込は放置してはならない。
この問題を、多様性の是非にすり替えてもならない。

そもそも、職場における私物を、
社員の趣味の問題として扱おうとする発想自体が誤りである。

なぜならそれは、自社の規律だけでなく、
顧客からの信用そのものに直結する問題だからだ。

以上を踏まえれば、社員がデスク上のフィギュア撤去に応じない場合、
経営者が取るべき対応はすでに決まっている。

それを「価値観の違い」として処理する余地は、最初から存在しない。
それは、会社が定めたルールと業務命令に反する、明白な規律違反である。
よって──私情を交えず、規定どおりに懲戒せよ。

“多様性”論争をするな──顧客は“会社の空気”で切る

まず、経営者が最も勘違いしやすい点を整理しておく。
論点は「フィギュアが嫌いだから禁止する」ことではない。

そんな感情論に踏み込んだ瞬間、議論の主導権は相手(社員・部下)に移る。
結果として、社長としての判断力と経営力、ひいては資質そのものが疑われるのだ。

この問題における論点は、ただ一つしかない。
それは、見込み客があなたの会社を“信用できるかどうか”。
それだけである。

製造業、とりわけ半導体の発注は、顧客にとって“軽い買い物”ではない。
1案件で数百万円は当たり前。数千万円も珍しくない。
条件がそろえば、億単位が動く世界でもある。

その金を預ける相手として、見込み客は何を見て判断するのか?
もちろん技術も見る。品質も見る。納入実績も見る。
だが、最初の入口で必ずチェックされるのは──会社全体が醸し出す“空気”である。

管理体制はどうか。
社員に規律はあるか。
プロとしての緊張感が、組織全体に行き渡っているか。

つまり、見られているのはただ一つ。
「この会社に、重要な仕事を任せて大丈夫か?」──この一点である。

では聞こう。
あなたの会社の社員のデスクに、アニメのフィギュアが
いくつも並んでいたら、見込み客はどう感じるか?

見込み客は、その場で口に出すことはない。
だが心の中では、確実にこう思っている。

「この会社、大丈夫か?」
「重要案件を任せた瞬間に、機密情報が漏れないか?」
「現場も同じ感覚で回っているのではないか?」

──その瞬間、あなたの会社は“検討対象”から静かに外される。

顧客からの抗議は一切ない。
具体的な説明も何ひとつない。

ただ「候補落ち」とだけ告げられ、
社長であるあなたは原因も分からぬまま、失注を何度も重ねる。

フィギュアは癒しではない。“管理が甘い会社”のサインだ

アメリカに、中小企業支援で名を馳せたコンサルタントがいる。
販売不振に喘ぐ中小企業と契約し、マーケティングを
丸ごと請け負うことで実績を積み上げてきた人物だ。

彼は年に数回、マーケティングに悩む中小企業の社長たちの前で講演を行う。
そして講演後には、自身が執筆した書籍を販売する。
ここまでは、よくある話である。

だが彼は、そこで終わらせなかった。
「何が売上を左右するのか」を、条件を変えながら検証し続けたのだ。

具体的には、講演後の書籍売上を、
スーツで登壇した場合とカジュアルで登壇した場合で比較した。

結果は明確だった。
スーツを着て登壇したときの方が、圧倒的に売上が高かった。

ここで、私が言いたいのは、
「スーツが正解だ」ということではない。

この話の要点は一つ。
人間は見た目で「信頼できる相手かどうか」を決めるという厳然たる事実だ。

──ならば、あなたの会社はどうだ。
社員のデスクに並ぶアニメのフィギュアは、見込み客に何を感じさせる?

「親しみ」か?
「個性」か?
「精神的な未熟さからくる、和み」か?

残念だが、そうはならない。むしろ逆だ。
製造業、とりわけ半導体の現場では、
それは「管理が甘い会社かもしれない」という不安の種になる。

本人はこう言うだろう。
「フィギュアがあった方が働きやすい」と。
だが顧客は、こう判断する。

「やる気がないのではないか」
「このレベルの意識の人間を、こちらの担当にするつもりか」
「本当に、我が社を第一に考えて動くのか」

これは感情論ではない。
BtoCだろうがBtoBだろうが──未熟さが透けた企業は市場から容赦なく弾かれる。

「多様性」で逃げるな。これは経営のリスク管理だ

あなたがやるべきは、フィギュア社員を優しく説得することではない。
多様性の議論を持ち出して、うやむやにすることでもない。
社内の空気を丸く収めて、先送りすることでもない。

やるべきは、ひとつ。
職場のルールを明文化し、例外なく適用し、破った者は手順どおりに処分する。
それだけである。

論点をぼかすな。
やることは拍子抜けするほど単純だ。

✔︎ 社員のデスクにアニメフィギュアを置くことを全面禁止せよ。
✔︎ 違反時の手順を明文化せよ(注意 → 指導記録 → 是正期限 → 懲戒 → 解雇)。
✔︎ 例外運用を禁じよ。誰に対しても同じ基準を適用せよ。

あなたが一度でも甘い顔を見せれば、その時点でルールは紙切れになる。
経営者のブレは現場全体に波及し、規律はあっという間に緩む。
すると翌日から「自分もいいだろう」が雪だるま式に増え、組織は一気に崩れ始める。

だからこそ、中途半端な指導は絶対にするな。

「今日はいいよ」
「来客のときだけ片付けて」
「今回は上司に報告しない」

こうした“その場しのぎ”の温情こそが、組織を内側から腐らせる。
例外が前例を作り、前例が常態化し、その緩みが売上を奪っていく。

もちろん、部下はこう反論するだろう。

「多様性の否定だ」
「趣味への差別だ」
「アニメ好きへの無理解だ」

だからこそ、経営者は伝え方を誤るな。
禁止理由は、これだけで十分である。

✔︎ 顧客接点における信用維持(第一印象を統一するため)
✔︎ 情報管理・コンプライアンスの徹底(私物黙認が漏洩・犯罪の起点になるため)
✔︎ 職場環境のプロフェッショナル基準(職場を“業務空間”として定義するため)

これは社長の好き嫌いで、誰かの趣味や人となりを裁く話ではない。
社員に価値観を強要する話でもない。
経営としてのリスク管理であり、顧客からの信頼を守るための仕組みづくりの話である。

この線引きができず、部下を指導できない社長に、経営は務まらない。

顧客は理由を言わない。気づいた頃には案件は流れている

経営者の仕事とは何か?
答えはシンプルだ。

それは、部下に優しく接することではない。
現場の空気を和ませることでも、若手社員に理解のある上司を演じることでもない。

ましてや、ビジネスパーソンとして明らかに問題のある行為を、
「多様性」の名の下に黙認することでは断じてない。

つまり、あなたがやるべきは──
ルールを明文化し、例外なく運用し、違反者には一貫した処分を下すこと。
これだけである。

だからこそ、最後にはっきりと言う。
今すぐ、社員のデスクからフィギュアを撤去させよ。

「また今度」「様子を見て」「社員の自主性を尊重して」などと言い訳をするな。
たった一度の先送りが社内の規律を緩め、顧客からの信用を静かに毀損していく。

そして──次の一文を社内の見える場所すべてに貼れ。
「ここは職場である。社員の趣味の陳列棚ではない」

これは単なる注意書きではない。
会社としての宣言であり、社員が踏み越えてはならない一線であり、
社長であるあなたが「何を許し、何を許さないか」を示す覚悟そのものなのだ。

そして、その覚悟を“貼り紙”で終わらせるな。ルールとして回し続けろ。
それができない会社には、顧客は何も言わずに背を向ける。

背を向けた顧客は、なぜ契約を見送ったのかなど、わざわざ理由を説明してはくれない。
原因がフィギュアだったとあなたが気づく頃には──案件はもう他社に流れている。

そのときになって慌てても、もう遅い。
信用を守るか、失うかを決めるのは他でもない。
経営者であるあなた自身なのだ。