もしあなたが、
「2nmの技術さえあれば、ラピダスは自然に売れるはずだ」
「ウチもラピダス並みの技術があれば、年商は勝手に右肩上がりだ」
「技術力さえ高ければ、半導体企業にマーケティングなど不要だ」
──そう信じているのなら、その幻想は今すぐゴミ箱に叩き込め。
なぜなら、それは現実を直視しない“夢想家”の発想だからだ。
世の中はそんなに甘くない。
技術力と顧客獲得力は全くの別物であり、どれほど優れた技術を持っていても、
それだけでは市場を制圧することはできない。
ラピダスは、世界で最も技術力が要求される2nmの試作に成功した。
にもかかわらず、2025年4月時点で顧客候補はわずか40~50社ほど。1
これが「技術だけでは売れない」という何よりの証拠だ。
技術だけで戦場に立とうとすれば、どうなるか?
それはまるで、「大和魂さえあれば勝てる」と信じ込み、
30センチほどの竹槍で戦車に突進していく兵士と同じだ。
勇ましく突撃しても、機関砲の一斉射撃を浴びれば一瞬で粉砕される。
あるいは、スクール水着で五輪100メートル競泳に飛び込むようなものだ。
世界最高峰の舞台に立ってはいるが、装備(準備)が圧倒的に不足している。
ビジネスにおける勝負は、スタートの合図が鳴る前から決まっているのだ。
ラピダスが顧客獲得で苦戦している最大の理由
ラピダスは確かに高い技術を持っている。
2nmの試作にも成功し、2027年には量産が始まるのもほぼ確実だ。
──しかしだ。それでも受託生産の顧客候補は、
2025年4月時点でわずか40~50社にとどまっている。
この数字をどう見るか?
「少ない」と驚く必要もなければ、「十分」と安心する余地もない。
ラピダスの顧客数が40~50社しかいないのは──必然だ。
なぜなら、
ラピダスの経営陣や営業社員は、すでに契約意欲が高い一部の顧客──
マーケティングでいう「商品認知度5」の層にしか狙いを絞っていない。
つまり、すでにラピダスの存在を知り、「2nmが必要だ」と声を上げている層──
GAFAM(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft)や、
AI用半導体を設計するスタートアップといった、
ハイエンド企業だけに営業の矛先を向けているのである。
ラピダスが狙っている「商品認知度5」とは、
市場全体から見ればほんの一部にすぎない。
その全体像を理解するために、ここで顧客の認知度レベルを整理しておこう。
マーケティングの定義上、顧客は次の5つの段階に分類される。
✔︎ 商品認知度5:自社製品に2nmが必要!いますぐ契約したい!
→ Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoftなど超大手や、AIチップ設計スタートアップ
✔︎ 商品認知度4:自社製品に課題があり解決したい。2nmは選択肢の一つとして考慮中
→ 自社製品の更なる性能アップを模索するTier2メーカーや、産業ロボット開発企業など
✔︎ 商品認知度3:自社製品に課題はあるが、2nm(半導体)が解決策だとは知らない
→ いわゆる“潜在顧客層”。啓蒙すれば顧客にすることが可能
✔︎ 商品認知度2:自社製品に問題意識はあるが、解決する気はない
→ 「問題はあるけど、売上は出ているし、まあいいか」と放置している企業グループ
✔︎ 商品認知度1:自社製品に問題意識を一切感じていない
→ 自社製品改善への関心がなく、ラピダスによる営業活動の射程外にある存在
──ラピダスが実際に営業しているのは、
この5段階のうち「商品認知度5」だけに限られている。
ここで思い出してほしい。マーケティングには動かしがたい鉄則がある。
それは──「認知度が高いほど市場は狭く、顧客数は少ない」ということだ。
つまりラピダスはいま、市場全体の中で最も小さなエリア、
最も顧客数が限られた場所だけを狙っているにすぎない。
これは、広大なグラウンドを前にしながら、
わざわざ隅の数メートルだけで野球をしているようなものだ。
その狭いフィールドで勝負している以上、
得られる成果が限られるのは必然である。
世界最先端の技術を持ちながらも、
顧客獲得が40~50社にとどまっているのは、当然の帰結なのだ。
ラピダスが「認知度5」だけを狙うことの致命的なリスク
「2nmが必要」と認識している「商品認知度5」の企業は、
当然のごとくラピダスとTSMCを天秤にかける。
そのとき突きつけられるのが、冷徹な現実だ──ラピダスにはまだ「実績がない」。
確かにラピダスは、発注からチップ生産、組み立てまでにかかる速度を
TSMCの2~3倍以上に短縮できる可能性を武器にしている。
そのスピードは強力な差別化要因だ。しかし、それ“だけ”では顧客を動かせない。
実績・信頼・設備──
この三拍子でTSMCに劣る以上、巨大企業が契約をためらうのは当然である。
想像してみてほしい。
Metaの経営陣や調達責任者は、AI半導体の開発競争で
Googleやマイクロソフトに遅れをとることを何より恐れている。
開発競争で遅れればどうなるか?責任を取らされるのは「自分」だ。
だから彼らは、できるだけリスクの少ない選択肢──すなわち、TSMCを選ぶ。
ここで重要なのは「意思決定のリスク」だ。
もしMetaがTSMCと契約し、万が一失敗しても、誰も責めない。
なぜなら「TSMCを選んだ」という判断自体が「常識」だからだ。
だが、もしラピダスを選んで失敗したらどうなるか?
開発競争に敗れ、売上は失速。株主の怒りで株価は暴落──
自分は役職を追われ、最悪の場合は解雇…。
経営陣にとってそれは「最悪のシナリオ」であり、
誰も自らのキャリアを賭けてまで決断しようとはしない。
言い換えれば、ラピダスはいま、
最も契約を取りづらい相手だけを対象に営業しているのだ。
それは、自ら地雷原に足を踏み入れ、
爆発するとわかっている地雷を踏みに行く行為に等しい。
まさにその無謀なやり方こそが、
ラピダスを苦しめている“マーケティング音痴”戦略の正体なのだ。
解決策──ラピダスは「認知度3・4」の顧客も狙え
マーケティングの世界には、顧客獲得を語る上で避けて通れない格言がある。
それは、「認知度が低い層ほど、顧客数と売上は大きくなる」といったものだ。
だからこそ、ラピダスは「商品認知度3・4」の層にこそ狙いを定めるべきなのだ。
この層はすでに自社製品に課題を感じているが、
その解決策が「2nm半導体」であることには、まだ気づいていない。
認知度4の顧客は、数ある選択肢のひとつとして2nmを検討しているにすぎない。
認知度3の顧客にいたっては、2nmが解決策になるとは想像すらしていない。
だからこそ、彼らに“気づき”を与え、解決の道筋を示すことが不可欠なのだ。
ウェビナー、ホワイトペーパー、解説動画──
こうした顧客教育型のマーケティングを通じて、
問題の解決策が「ラピダスの2nm」であることを教え込む。
これこそが、ラピダスが今すぐ取るべき戦略である。
こうした教育型のマーケティングを仕掛けるうえで、ラピダスには有利な点がある。
TSMCにはない差別化要素──スピード、少量多品種対応、柔軟な開発力。
マーケティング的に見れば、ラピダスが打ち出すべき武器はすでに揃っているのだ。
しかし現状、実績も納品経験もないラピダスが「認知度5」の顧客──
GAFAMのような巨大企業を狙えば、必然的にTSMCと正面衝突することになる。
結果は明白だ。豊富な実績と信頼、設備を備えたTSMCに勝てる道理はない。
一方で、チャンスは別の場所にある。
現在のTSMCは「認知度3・4」の層に対して積極的に動いておらず、
特に認知度3に至ってはほぼ手つかずだ。
ここに、巨大な“空白地帯”が広がっている。
もし、ラピダスがこの領域を先に押さえればどうなるか?
「実績ゼロの後発企業」であっても、
顧客の頭の中には「第一想起」として刷り込まれるのだ。
結果として、資金力や技術力でGAFAMに劣る大手・中堅企業からは、
ラピダスが「2nm半導体のリーディングカンパニー」として認識される。
2nm半導体の市場シェアではTSMCに遠く及ばなくても、
“大手・中堅顧客の心のシェア”を取れれば、
その後の営業は格段に容易になり、売上は自然に積み上がっていく。
結局のところ、それを実現できるのは技術力だけではない。
正しいマーケティング戦略を描き、
営業のやり方を根本から変えた企業だけが生き残るのである。
ラピダスの失敗を他山の石とせよ
中小半導体企業が勝ち続けるには、
「技術×マーケティング」の両輪が不可欠だ。
ラピダスは世界最高峰の技術力を誇りながら、
マーケティングを軽視した結果、見込客の獲得に苦戦している。
この姿から、あなたは学ばなければならない。
今のラピダスを一言で言えばこうだ。
世界最強の戦闘機に乗り込み、マッハ5で離陸したものの、
戦場の位置を知らぬまま敵国の領空で迷子になっている──そんな状態である。
国は巨額の資金を投じ、ラピダスを後押ししている。
だが、顧客は違う。
2nm半導体が自社の課題解決にどう役立つのかを理解できなければ、
財布を開こうとはしない。
ところがラピダスには、その価値を伝える戦略が欠けている。
そのため、優秀で実績ある営業社員ですら力を発揮できない。
営業部隊を増員しても、実際にやっているのは「闇雲な顧客探し」に過ぎない。
こうした“戦略なき数打ち”は、やがて「安売り」や「不利な契約」へと直結する。
現状、顧客候補の母数(40~50社ほど)が限られている以上、
ラピダスに有利な条件で契約できる企業はほとんど存在しない。
言い換えればラピダスは、
2nmの量産を始める前から、すでに劣勢を余儀なくされている。
これは、まぎれもなく経営の敗北だ。
だが、あなたはラピダスと同じ轍を踏む必要はない。
彼らの失敗を「他山の石」とし、そこから学べばいい。
同じ過ちを繰り返すのか、それとも一歩抜け出すのか──決めるのはあなただ。
今こそマーケティング音痴から卒業せよ。
それこそが、これからの時代において
中小半導体企業が生き残り、勝ち続ける唯一の道なのだ。
- 参考:日本経済新聞(ラピダス社長「40〜50社が顧客候補」 GAFAMとも交渉)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC18BU40Y5A310C2000000/
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